この子たちに未来を
人間らしい生活をすべての人に
私には重度重複障がいをもつ長女がいます。
出産時の事故のため、低酸素脳症による脳性まひで24時間の完全介護が必要です。
これまで30年間、この娘と2人の弟を抱え無我夢中で生きてきました。
二人の息子の就職を機に、丸亀に移住してきました。
今、30歳になった子どものようにあどけない娘の笑顔を見ると、不安がよぎります。
これから先、この娘に明るい未来はあるのかと。
娘は現在の日本で生まれたおかげで、養護学校も卒業でき、様々な障がい者福祉サービスも利用できます。
周囲の皆様に支えられてこれまで生きてこれました。
それには感謝しかありません。
でも、これから先のことを考えると不安でたまりません。
今の日本は本当に安心できるでしょうか?
みなさん、相模原の津久井やまゆり園の事件を記憶しておられますか?
教員の資格まで持っている人が「障がい者は死んだほうが幸せだ」と身勝手な理屈をふりかざし大勢の障がい者を殺したのです。
しかもネット上にはこれに賛成する意見が溢れました。
いたたまれませんでした。
娘はこんな社会で、幸せになるどころか生きていけるのか、と。
能登半島が地震と豪雨災害に見舞われました。
もし娘があの場所に住んでいたら避難できたでしょうか、避難所で医療ケアは受けられたでしょうか、家族バラバラになったら…、本当に不安です。
障がい者のことを心配する政治家もいますが、
女性差別や外国人差別を平気で拡散する政治家がいます。
ほんとうに怖くてたまりません。
娘は喋ることができません。
それでも声なき声を持っています。
生きたい、幸せでいたい、家族を安心させたい、
そう言ってます。
私は神戸市で娘の介護に役立てばと一生懸命いろんな資格を取ってきました。
障がい者サービス事業も起こしました。
たくさんのご家族が必死になって、助けてくれる場所やサービスを求めています。
介護に疲れ、サービス探しに疲れ、声をあげられないまま力尽きたご家族もたくさん見てきました。
今、丸亀では、デイサービスは市外の3箇所の事業所を渡り歩いています。
うち1箇所は送迎が必要です。ショートステイできるのは1箇所だけ。
医療ケアができるのはパートの看護師さんが勤務の日だけで、それ以外の日は利用できません。
いつ利用できなくなるか綱渡りです。
経済的な負担も大きいです。
ずっと必要なおむつ代、医療ケアのための流動食、リフトが移動できる家や車、夜中でも体位変更が必要な娘や医療ケアができるヘルパーをお願いするにも費用が必要です。
娘は、家族全員の大きな犠牲なしには今日まで生きられませんでした。
私達家族はよろこんで娘の世話ができますが、娘は家族が犠牲になることを望んではいないでしょう。
娘の声なき声は、「自分ひとりでも安心して暮らしたい」と言っています。
障害者総合支援法の成立や障がい者権利条約の批准、また、国会にも重度障害者が登場するなど、これまでの政治家の皆さんのご努力はすごいと思います。
でも、その歩みすら反対者や偏見に阻まれてなかなか前進しません。
「娘が安心できる社会を作る事ができるのはやはり政治だけだ」
と強く思うようになりました。
息子2人の独立を機に、
この世で一番弱い娘とその家族が安心できる社会ならば、
障がい者はもちろん、高齢者も、赤ちゃんも、病気や怪我の人も、メンタル疾患の人も引きこもりの人も、女性も、そして男性も
みんなが安心できる社会だと思います。
私と一緒に安心の社会をめざしませんか
私は、この子にも未来をつくりたい
この子達の声なき声を届けたい
誰もが安心して暮らせる社会をつくりたい
その役目を果たすために国会議員に挑戦しようと決意しました。
与党の自民党にはいって声を聞いてもらうことも考えました。
でもそれは、この子達の本当の声ではない、大人が忖度した声になりそうです。
差別に対して平等をめざす政党
奪い合う経済ではなく分かち合うことをめざす政党
戦争よりも平和をめざす政党
そんな政党こそが声なき声を聞く政党だと
立憲民主党からの立候補を決意しました。
立憲民主党に期待している多くのみなさん
声なき声を上げ続けているみなさん
必死に毎日を生き延びているみなさん、
どうか私、大岡弘美といっしょに声なき声を届け 安心して暮らせる社会をめざしませんか